眉間

眉間

 

  

男は下手な誘いで女を誘う。女は下手な誘いと知りながらそれに乗ることにしていた。

 

男と女は焼き鳥屋に入った。二人が時折、通っている店だった。

その日は、ビールが飲みたい喉だった。

 

その日に限って、店内はとても賑わっていた。

「みんな、ビールが飲みたい喉なんかな」と男が呟く。

「そうかもね」と女も呟いた。

 

男は座敷を好んだ。女はそれに従った。

隣には、すだれ一枚で会社帰りのサラリーマン達が既に酔い、大きな声で話していた。

男はその声に眉をひそめた。

 

女は気がそぞろだった。 

男は笑いというものにとても厳しい。笑いというよりは、不愉快な現象について厳しかった。大きな声で語る彼らの話に不快感を抱いていることは間違いなかった。

 

「何が面白いんやろなあ」

大声で盛り上がる隣の座敷を横目に男は呟いた。

 

サラリーマン達は先日の飲み会で飲みすぎた帰り道、終電を逃した上、いつもならばどこかに泊まるのに、酔いすぎて訳が分からなくなり、家までタクシーで帰り、妻に叱られたという話をしていた。

「ビールがね、ビールがですよ!」

 

女はそっと指摘した。

「眉間に不快感が漂ってますよ」

 

男は言う。

「世の中の出来事はね、面白いことと面白くないことで構成されているんですよ」

女は頷く。

「でね、その面白くないことっていうのは不愉快なことなんですよ」

男は続ける。

「面白いやつ、ちょっと面白いやつ、普通、面白くないやつ、絶望的に面白くないやつ。これをね、分けて行く時にね、面白くないやつ以下には罪な名前をつけたらいいと思うんですよ。そうするとね、面白くないやつは奮い立つと思うんです」

「面白くないやつっていうだけじゃなくて、もっと酷い名前を付けると嫌でも奮い立つでしょ」

 

その間にも、隣のサラリーマン達は順調に男にとっての不愉快さを増していた。

 

「そのやり方はね、パワハラやって言われたんですよ!パワハラやって言われたんですよ!」

 

女は内心ひやひやしていた。

男は目を瞑り、その不愉快さに耐えながら、ぼそっと呟いた。

「面白くないですね」

 

女は飲み物をストローでかき混ぜることで気を紛らせていた。

男の眉間にだんだんと不愉快さが刻まれていくようで、時折男の表情を見ては、不愉快さが眉間に表れていることを指摘した。その度に男は苦笑いを浮かべ、眉間をさすった。

 

女は男に不愉快だと思われることを恐れていた。何よりも自分にその不愉快さを向けられることが怖かった。女はなるべく小さな声で男が不愉快にならないように話をした。

果たして、男と女の会話が愉快だったのかどうかは定かではない。

 

いつになく早い時間に男が席を立ち、「もう行こか」と言った。

 

女は安堵に近い感覚で席を立った。