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コーンフレークに牛乳をかけて食べるのが

子どもの時、すきな朝食だった。

 

牛乳をかけたら一目散に食べる。

食感が変わらない間に。

真剣勝負だ。

 

子どもを寝かしつけ空腹で仕方ない夜に

コーンフレークに牛乳をかける。

 

夜なのにコーンフレークと真剣勝負をする。

泣き声が聴こえたらすぐに駆けつけなければならない。

 

そんな朝も夜もない赤子との暮らし。

子を産んだあの夜、

熱にうなされ

傷口の痛みに苛まれながら

眠りたいのに眠れなくて私は泣いた。

 

あちらこちらで赤子の泣き声がする。

眠れたと思ったら目が覚める。

 

自分の心音がやたら大きく聞こえる。

私はあの人と眠るのが好きだった。

胸に手を当てて心音を肌に感じている時、安心していたのだ。

 

「生きてる」「死んでない」と軽口を叩いている時間が好きだった。

 

私がこの子を産んだことで失ったあの人を、

この子を産んだ夜に思う自分の情けなさに泣いたのだ。

 

団長としての最後の大仕事を終えた。

 

ステージに金銀のテープが飛ぶのを見て

客席がわっと華やいだ声が出たのを聴いて

自分の演出力みたいなものを噛み締めて

ただただ笑ってしまった。

 

お疲れさま、自分。

よくやったよ、私。

 

母校の中学生の演奏会を見る。

一年に一度、ほぼ必ず、見る。

 

OB出演、という誘いもあるけれど、

私は見ることにしている。

 

「この中に原点がある」といつも思う。

 

指揮棒が下りる瞬間。息。音の渦。

脚本を書くことの面白さ。

見せるということの奥深さ。

 

大事な仲間と共に、大好きな人たちに見守られて演奏することの尊さ。

 

客観的に「見ること」の大事さを思い知る。

 

ああ、見てよかったと思う。

 

私は、耳にも目にも楽しい舞台を作りたい。

演奏者も聴衆も楽しい舞台を作りたい。

 

果たしてそれは実現するだろうか。

 

 

湧いては消える あわよくば が

少しずつ少しずつ 積もり積もる

 

父にも 夫にも ならなくてもいいから

この子の姿を写真に撮ってほしいと思う

 

これ以上ないほど

期待まみれの あわよくば

 

なくなれ なくなれ 

なくなってくれ

 

願うだけ虚しくなることを 知れ