鼓膜

本当に大事なことは

回線を通して伝えてはいけません

 

照れくさくて伝えにくいことでも

言いわけがましいような気がして話しにくいような気がすることでも

たとえそれが相手を傷つける可能性があっても

相手を追いかけてでも話ができるように

 

嫌われたくなくて言いにくいことでも

それを伝えることで自分に傷を深く負ったとしても

自分の手の内を明かしながらでも話ができるように

 

顔を見て

表情を見て

手が届く距離で

その声で

鼓膜を震わせて

話をせねばなりません

 

捨てられない箱がある。

 

ただの段ボール箱。

 

数年前にかつての恋人からのクリスマスプレゼントが入っていた箱。

彼の丁寧な字で住所や名前が書かれていた箱。

私の手元に渡るまでの箱自体のエピソードがとても可愛かった箱。

その箱のエピソードの可愛らしさが彼の思い出のまばゆさのような気がして、大事にしたいと思っていた。

 

捨てようと思うたび、それを語る彼を思い出し、見るに耐えかね、押し入れの奥の方にそっとしまった。

 

その箱が今、枕元にある。

 

理解している。

これはただの段ボール箱で、この箱を置くことに何の意味もないことも。

この箱は彼ではなく、この箱に情も念もないこと。

ただ、納得していないだけなのだ。

 

終わったこと、と言い聞かせている。

もうすでに2年半も時が経った。

引きずっていないと思いたかった。

 

あの時の彼はもういない。

 

これはただの箱。

ただの空き箱。

 

もう終わったこと。

 

 

渇き

誰かの、あるいは、何かの代わりではなく

気を紛らわせるための相手でもなく

ただただ、私を必要とされたい。

 

私が好きな私を愛せ。

禁じ手

禁じ手を使った。

この手だけは使うまいと思っていた。

 

結果、一時的に功を奏しはしたが、

不本意な手段を使う罪悪感は残った。

 

どんな思いでこれまで働いてきたと思うのか。

それが勤めと言い聞かせてきたと思うのか。

 

不本意は巡る。

己で断ち切るしかなく

己で迎え撃つしかない。

 

 

母が鬼なら

私は鬼の子

鬼の子は鬼の子なりに鬼

 

人の気持ちに

揺さぶりをかけ

ふるい分け

 

何が残るか

何が落とされるか

知りたいだけ

 

鬼の鬼たるやを横目に

鬼の子は鬼の子たるやを

見せつける

 

母よ

あなたの子は

毅然と鬼となり

あなたにまで

揺さぶりをかけるようになりました

女なら如何なる時も肝を据えなさいと事あるごとに母から言われてきた。

 

決断が鈍る時、答えを出すのを先延ばしにしたい時、宙ぶらりんのちゃらんぽらんでいたい時は確かにある。

それでも来たるべき時が来れば、己の眼をグワシと開き、人の声に耳を傾けて、物事の本質を見据え、自分で決断をするように教育されてきた。

 

愛する人を疑うこともある。

信じたくてもそうはさせない状況も。

縋り付きたいことだって、泣き喚きたい時だって。

泣いて、怒って、目を瞑ることも確かにある。

 

許すもひとつ。許さないもひとつ。

 

疑うも信じるも自分次第。

 

 

 

いざ! 今がその時。

肝を据えろ。

腹をくくれ。

自分の尻を自分で拭け。

 

 

 

不透明人間

透明人間について、話がしたい。

 

透明人間について考えられる時は心穏やかな時だ。

 

人々は、透明人間のことをもっと想像すべきだと思う。

こんなに膨らむ想像はそうはない。

 

ラーメンズのコントの中でも特に秀逸な『TEXT』に出てくるやりとりが印象深い。

透明人間の存在を証明する、というものだ。

 

はたまた、数年前の祇園笑者でピース又吉氏と天竺鼠川原氏の透明人間に関するやりとりもまた秀逸である。

 

透明人間になったらどうなるのか、ということをあらゆる条件設定を行いながら、ああでもないこうでもないと話し合える人は、語らいという点についての価値観の合致がのぞめるし、この会話が盛り上がらなければ、もうどの会話においても諦めてもよいとまで思っている。

 

さあ、透明人間の話をしよう。